トットちゃんとは?

窓際のトットちゃん

『窓ぎわのトットちゃん』

トモエ学園での小学校生活を中心に、黒柳徹子(ちひろ美術館館長)が、自身の子ども時代のことをつづった『窓ぎわのトットちゃん』。いわさきちひろの没後に制作された本ですが、黒柳の希望で、遺されたちひろの絵のなかから、トットちゃんや友だちの絵が選ばれました。
1981年に単行本として出版された本作は、ベストセラーになり、現在も世界各国で読みつがれています。
また、2014年には、絵本『窓ぎわのトットちゃん』が出版されました。単行本にはなかったエピソードが加わったほか、ちひろの絵がさらに増え、トットちゃんと同じくらいの小さな子どもたちにも親しみやすい、上下2巻の本になりました。

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Totto-chan : The Little Girl at the Window

Totto-chan : The Little Girl at the Window, by Tetsuko Kuroyanagi, is a children's book about the author's experiences as a young girl attending Tomoe Gakuen primary school. Although published after Chihiro Iwasaki's death, in accordance with Kuroyanagi's wishes, the book features illustrations by Iwasaki, which were chosen from among the works that the artist left behind.

Following its publication in 1981, Totto-chan: The Little Girl at the Window became a best seller. It has been translated into multiple languages and is read and loved around the world.

『窓ぎわのトットちゃん』の誕生

私は、自分の通っていた小学校のことを、いつか、書きたい、と思っていました。それには、ぴったりの挿絵がなければ、とも思っていました。心のなかのどこかで「もし、いわさきちひろさんが描いてくださったら。どんなに生き生きと、私の友だちたちのことを描いてくださるだろう!」と考えていました。ところが突然、ちひろさんは、55歳の若さで亡くなってしまったのです。

(中略)

それから5年ぐらい経ったある日、ちひろさんの息子さんの猛さんに「小学校の話を書くつもりだったんだけど......」と話しました。猛さんは「きっと、ピッタリの絵があると思います」といって、いろいろ、選んで見せてくださいました。いったい、どうして、ちひろさんは、こんなにも、私の子どものときを見てらしたような絵を描いていらっしゃるんでしょう。私は、ちひろさんの絵に押されるように、『窓ぎわのトットちゃん』という本を書くことに決めました。

『ちひろ美術館2 春のよろこび』 (講談社) 1997年 p67 「ちひろの絵と私 (黒柳徹子)」より

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トットちゃんってどんな子?

"おさげ髪"や"バレリーナ"に憧れるという女の子らしい一面を持ちながら、授業の途中でも音楽が聞こえてくるとチンドン屋さん呼んだり、有刺鉄線の垣根の下をくぐってジグザグに進みパンツを破いたり。好奇心旺盛で、何でもやってみなくては気がすまない......、『窓ぎわのトットちゃん』には、トットちゃんのユニークな個性が伝わるエピソードが収められています。

後ろ姿のおさげ髪の少女 1970年

窓ぎわのトットちゃん

トットちゃんは、小学校一年なのに、学校を退学になった。 一年生で!!
先週、ママはトットちゃんの担任の先生に呼ばれて、はっきり、こういわれた。
「おたくのお嬢さんがいると、クラスじゅうの迷惑になります。よその学校にお連れください!ほんとうにこまってるんです!」
先生はいった。
「まず、授業中に、机のフタを、百ぺんくらい、開けたり閉めたりするんです。たとえば、書き取りをするとしますね。するとお嬢さんは、まずフタを開けて、ノートを取り出した、と思うと、パタン!とフタを閉めてしまいます。そして、すぐにまた開けて鉛筆を出すと、いそいで閉めて"ア"を書きます。そして、ぜんぶ、しまってしまいます。それを一字書くたびに繰り返すんです!」

(中略)

ママは、決心した。
(たしかに、これじゃ、ほかの生徒さんに、ご迷惑すぎる。どこか、ほかの学校をさがしましょう。)

ママは、この退学のことを、トットちゃんに話していなかった。
「新しい学校に行ってみない? いい学校だって話よ。」
トットちゃんは、すこし考えてから、いった。
「ねえ、今度の学校に、いいチンドン屋さん、くるかな?」
とにかく、そんなわけで、トットちゃんとママは、新しい学校にむかって、歩いているのだった。

『窓ぎわのトットちゃん』 (講談社) 1981年 p12 「窓ぎわのトットちゃん」
絵本 『窓ぎわのトットちゃん 1』 (講談社) 2014年 p2 「窓ぎわのトットちゃん」より

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トモエ学園

1937年4月、東京都目黒区自由ヶ丘2丁目15番地に私立トモエ学園は開校しました。
トモエ学園では、『窓ぎわのトットちゃん』で紹介されているように、リトミックによる独自の音楽の授業や、複数の教科を関連づけた教育プログラムが実践されました。小林宗作校長先生は、子どもたちが実際に体験して自分の力で学んでいくことを大切にして、子どもが本来持っているそれぞれの可能性を見出して、伸ばすことに力を注ぎました。
「トットちゃん広場」には、トモエ学園の世界を再現して「電車の教室」がつくられる予定です。

ランドセルをしょって並んで歩く1年生 1966年

電車の教室

トモエ学園では、6両の電車の車両が教室として使われていました。車内は、運転席の後ろに黒板が取り付けられ、生徒用の机と椅子が進行方向を向いて並べられていました。
「勉強しながら、いつも旅行しているみたい」と心躍らせながら、トットちゃんもこの電車の教室で、毎日勉強をしていました。

図書室

トットちゃんが入学した年、図書室として使用するため、電車の車両が1両増やされました。トモエ学園の生徒は、電車がどうやって運ばれてくるのか確かめようと、講堂に泊まりこんで電車を迎えました。
冬休みが明けると、車内にはたくさんの本が並べられ、電車は図書室になっていました。トモエ学園の生徒は全員(約50人)で、大騒ぎしながら本を読んでいます。

海のものと山のもの

小林先生は、栄養のバランスを考えて、お弁当のおかずには、必ず「海のもの」(魚や佃煮など)と「山のもの」(野菜や肉など)を入れるよう、保護者に伝えていました。お弁当の時間になると、「海のものと、山のものは、あるかい?」と確かめて回り、どちらかが足りない場合には、奥さんが"海"の鍋から竹輪の煮物を、"山"の鍋から芋の煮ころがしを配ったといいます。
トットちゃんたちは、それぞれのおかずが、海のものか、山のものか、話し合いながら、お弁当の時間を楽しんでいます。

リトミック

リトミックは、作曲家であり、教育者でもあったエミール・ジャック・ダルクローズが、音楽を耳ではなく、心で聞き、感じることを目指して考案したリズム運動です。作曲家・山田耕作、モダンダンスの先駆者・石井獏、歌舞伎の二代目・市川左団次など、日本でも、ダルクローズの考えに影響を受けた人は少なくありません。
後にトモエ学園の創始者となる小林宗作は、ヨーロッパ留学の折にリトミックに出会い、感銘を受け、ぜひ日本の教育に取り入れたいと考えました。実際にダルクローズ本人に師事して学んだ後、日本でのリトミック普及に努めました。トモエ学園でもリトミックは取り組まれ、トットちゃんも大好きな授業の一つでした。

算数の問題を考えている女の子 1969年 手を上げる少年と遊ぶ子どもたち 1970年代前半 並んでお弁当を食べている子どもたち 1966年
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小林宗作 校長先生

普通の小学校を1年生で退学になってしまったトットちゃんを、トモエ学園の小林宗作校長先生はあたたかく迎え入れました。
先生は、子どもたちが互いを尊重し、協力しながら学ぶことを大切にしていました。

小林先生からもらった大切なことば ①
「ほんとうは、いい子なんだよ。」

校長先生は、トットちゃんを見かけると、いつも、いった。
「君は、ほんとうは、いい子なんだよ!」
そのたびにトットちゃんは、ニッコリして、とびはねながら答えた。
「そうです、わたしは、いい子です!」
そして、自分でもいい子だと思っていた。
たしかにトットちゃんは、いい子のところもたくさんあった。みんなに親切だったし、特に肉体的なハンディキャップがあるために、よその学校の子にいじめられたりする友達のためには、他の学校の生徒に、むしゃぶりついていって、自分が泣かされても、そういう子の力になろうとしたし、怪我をした動物を見つけると、必死で看病もした。
でも同時に、珍しいものや、興味のある事を見つけたときには、その自分の好奇心を満たすために、先生たちが、びっくりするような事件を、いくつも起こしていた。

(中略)

「いい子じゃないと、君は、人に思われているところが、いろいろあるけど、君の本当の性格は悪くなくて、いいところがあって、校長先生には、それが、よくわかっているんだよ。」
校長の小林先生は、こう、トットちゃんに伝えたかったに違いなかった。

(中略)

そして、トットちゃんの一生を決定したのかも知れないくらい、大切な、この言葉を、トットちゃんが、トモエにいる間じゅう、小林先生は、いい続けてくれたのだった。
「トットちゃん、君は、本当は、いい子なんだよ。」って。

『窓ぎわのトットちゃん』 (講談社) 1981年 p198 「ほんとうは、いい子なんだよ」より
絵本 『窓ぎわのトットちゃん 2』 (講談社) 2014年 p60 「ほんとうは、いい子なんだよ。」

小林先生からもらった大切なことば ②
「みんな、いっしょだよ。いっしょに、やるんだよ。」

トモエ学園は、泰明ちゃんとか、高橋君みたいに、体に障害をもっている子が、何人もいたけど、校長先生は、「助けてあげなさい。」とは、一度もおっしゃらなかった。いつも、「みんな、いっしょだよ。いっしょに、やるんだよ。」とだけ、だった。だから、トットちゃんたちは、なんでも、いっしょにやった。助けてあげると、考えたことは、一度もなかった。

(中略)

大人になってから、私がやっていること、例えば、ユニセフ(国連児童基金)の親善大使の仕事も、世界の子どもと、いっしょにやっていこう、という校長先生の、言葉を忘れなかったからだった。

(中略)

世界の人が、みんな小林先生の考えのように、「みんないっしょだよ」と思っていれば、戦争も、本当は、なくなるはずなのに。ユニセフで、アフリカやアジアや、いろんな国に行き、子どもたちが飢えて、逃げまどって、孤児になっているのを見るたびに、いつも、小林先生が見たら、どんなに悲しいだろう。みんな、いっしょにやればいいのに! と思って、私は、子どもたちを抱きしめている。

絵本 『窓ぎわのトットちゃん 2』 (講談社) 2014年 p88 「トットちゃんからみなさんへ 書き忘れた「みんないっしょだよ。」」より

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世界中の子どもが笑顔でつながる場所に―

ちひろ美術館が「トットちゃん広場」へ寄せる思い

ちひろ美術館は、1977年の設立以来、子どものしあわせと平和を願い、子どもを描き続けた画家・いわさきちひろの思いを受け継ぎ、活動を続けてきました。

『窓ぎわのトットちゃん』(ちひろ美術館館長・黒柳徹子著)に登場するトモエ学園では、ひとりひとりの個性と可能性を大切にする教育方針のもと、トットちゃんたちはのびのびと育っていきました。

私たちは、トモエ学園の精神を未来につなぎ、「トットちゃん広場」が、平和と子どものしあわせのシンボルとして世界中の子どもたちが笑顔で過ごせる場となり、長く愛されていくことを願っています。