展示室2/多目的ホール

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大正から昭和にかけて「おとぎの世界」や「コドモノクニ」などを中心に日本の子どもの本の美術の世界で活躍した初山滋。その流麗な線と美しく繊細な色彩は人々を魅了し、いわさきちひろをはじめ、後人に大きな影響を与えました。本展は初山滋の生誕110年を記念して、初山滋の遺作600点の中から、水彩画、木版画、漫画、造本、装丁等、多岐にわたる仕事を、絵本や絵雑誌、教科書の原画や版画、また、残された貴重な遺品や資料など150点で構成し、浅草育ちの粋人、初山の素顔とその人生を振り返ります。時代を越えて、古びることなく輝きつづける初山滋のモダニズムの世界をお楽しみください。 |
展示室の様子
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展示室2では、『にんぎょひめ』、『たなばた』の絵本原画や、絵雑誌『こどものせかい』に掲載された原画等を展示しています。 |
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| 多目的展示室では、教科書の表紙原画、版画のほか、愛用していた古箪笥や長火鉢、コレクションのかんざし等も 展示しています。 |
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展示作品・初山滋プロフィール
![]() 「はるのはこび」『こどものせかい』14巻10号(至光社)1962年2月 |
![]() 『たなばた』より「こどものとも」(福音館書店) 1963年 |
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「チョコチョコ」1960年代 |
原題不明、昭和15~24年 |
「おはなのトンネル」 『ひかりのくに』11巻4号 (昭和出版)1956年4月 |
出典不明 |
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「小学新国語六年下」 (光村図書出版)1964年 |
「しょうがくしんこくご 一ねん下」 (光村図書出版)1965年 |
『赤い靴』より 「トッパンの絵物語 アンデルセン童話1」 (フレーベル館)1954年 |
「ニュートン」 出典不明1920年代 |
「あめがふる」 出典不明1940年代 |
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出典不明1930年頃 |
「ハーハ」『コドモノクニ』6巻9号 (東京社)1927年9月 |
初山滋( 1897- 1973 )
1897年、東京浅草に生まれる。小学校卒業後、染め物屋に奉公に入り、後に日本画家の井川洗圧に学ぶ。1916年( 大正5 ) 「少年倶楽部」の口絵に「月下悲曲」が掲載される。大正デモクラシーの気運のなかで次々と創刊された芸術性の高い童話童謡雑誌のひとつ「おとぎの世界」の表紙絵を描き、以後、「コドモノクニ」に代表される絵雑誌や『日本童話選集』『未明童話集』などの単行本にも多くの絵を描いた。1927年、武井武雄、岡本帰一らと日本童画家協会を結成。西欧の新しいさまざまな美術思潮に刺激を受けながらも、日本の装飾画や大和絵、浮世絵の伝統と美意識をその根幹に据え、独創的な仕事を展開した。第二次世界大戦中は、戦争を推し進める国策に積極的に協力しなかったこともあり、子どもの本の仕事が激減するが、この時期に木版画の制作に集中した。戦後、1946年(昭和21) に「日本童画会」の結成に関わり、自ら事務局を担って、展覧会や童画家の著作権の保護のために奮闘した。
1897年、東京浅草に生まれる。小学校卒業後、染め物屋に奉公に入り、後に日本画家の井川洗圧に学ぶ。1916年( 大正5 ) 「少年倶楽部」の口絵に「月下悲曲」が掲載される。大正デモクラシーの気運のなかで次々と創刊された芸術性の高い童話童謡雑誌のひとつ「おとぎの世界」の表紙絵を描き、以後、「コドモノクニ」に代表される絵雑誌や『日本童話選集』『未明童話集』などの単行本にも多くの絵を描いた。1927年、武井武雄、岡本帰一らと日本童画家協会を結成。西欧の新しいさまざまな美術思潮に刺激を受けながらも、日本の装飾画や大和絵、浮世絵の伝統と美意識をその根幹に据え、独創的な仕事を展開した。第二次世界大戦中は、戦争を推し進める国策に積極的に協力しなかったこともあり、子どもの本の仕事が激減するが、この時期に木版画の制作に集中した。戦後、1946年(昭和21) に「日本童画会」の結成に関わり、自ら事務局を担って、展覧会や童画家の著作権の保護のために奮闘した。

















