美術館だより

東京館

No.196 2017.2.20
【表紙の作品】
いわさきちひろ 家並みの前のアンデルセン 1967年

アンデルセンの二十四歳までの半生をつづった自伝『わたしの少年のころ アンデルセンものがたり』の表紙のために描かれた作品です。デンマークの街オーデンセの貧しい靴職人の家に生まれたアンデルセンは、感受性の強い夢見がちな子どもでした。役者を志願して十四歳でコペンハーゲンにわたり、多くの挫折を経験しながらも、決して希望を失わずに、持ち前の無邪気さと人一倍の向上心で、自分の道を切り開いていきました。自伝の冒頭には、「わたしの一生は、美しい童話です。たいそうゆたかで幸福な童話です」と書かれています。ちひろはデンマークを旅したときのスケッチを生かし、若き日のアンデルセンの姿を描いています。

No.195 2016.10.25
【表紙の作品】
いわさきちひろ ストーブとふたりの子ども 1960年代後半

この絵の中央に描かれているのは、ちひろがアトリエで使用していたイギリス製のお気に入りのストーブです。ストーブの上に置かれたやかんから出る湯気が、部屋の空気を潤しているようです。ストーブを囲んで、男の子は床に寝ころび、足をあそばせて、本を広げています。くつろいだ表情から鼻歌が聴こえてきそうです。手前にいる女の子は猫を抱きながら、なにを想っているのでしょうか。ちひろは、余白を生かした画面のなかで、ポイントに紫色を配して、あたたかなしつらえや装いを描いています。そして、ストーブから広がるぬくもりを鮮やかな朱色で表現しています。

No.194 2016.7.28
【表紙の作品】
いわさきちひろ おさんぽ『もしもしおでんわ』(童心社)より 1970年

おさんぽにでかける面々はちょっと不思議。モモちゃんに手をひかれているのは、アヒル。どこか心もとなさそうですが、大丈夫?その後ろにはちいさなちょうちょたちがひらひら寄り道をしながらも、飛んでついていきます。一番後ろにいる赤くてふわふわしたものは、いったいなんでしょう?おひさまです。おひさまに足があったなんて!楽しそうにみんなを見守りながらゆっくりと歩いていきます。先頭に立つモモちゃんは、着替えをして花柄のおしゃれなワンピースを着て、どこかでつんだ花を手にしてにっこり。こんなおさんぽ行列に出会ったら思わず「かわいい!」と叫んでしまいそうです。

No.193 2016.4.28
【表紙の作品】
いわさきちひろ 「てるてるぼうずと少女」1971年

明日が晴れるようにと願いを込めてつくったてるてるぼうずを、窓辺に吊るしたところでしょうか。外は雨ですが、少女の表情はこれでひと安心とでもいうように明るく見えます。
ちひろの描く雨は、色の豊かさに特徴があります。この絵でも、雨の見せる微妙な色を、水に溶ける水彩絵の具のにじみや透明感を生かして表現しています。桃色や紫、水色、黄色などがにじみ合う色合いから、雨の降りしきる戸外の景色や、くもった窓ガラス、その向こうの部屋のなかの空気、雨を眺める少女の気持ちまでもが感じられます。雨の日ならではの情感を、たっぷりとたたえた一点です。

No.192 2016.2.20
【表紙の作品】
いわさきちひろ「かけっこ」副読本「たろうとはなこ」(日本書籍)より 1970年

「たろうとはなこ」は、小学一年生の社会科の副読本です。ちひろは絵本をつくるときのようにこの本の編集に深く関わり、全場面に絵を描きました。当初は『となりにきたこ』のようなパステル画にすることも検討されましたが、教材には細かな描写も必要になるため、鉛筆と水彩の仕事となりました。どんな格好をした子どもも自在に描き出すことができたちひろは、一年生の学校や家庭での日常を、自然な姿で描き出しています。勢いよく駆け出す子どもたちを描いたこの場面では、まるでスケッチのように素早くひかれた、軽快で流れるような鉛筆線で、子どものいきいきとした躍動感を伝えています。

No.191 2015.10.9
【表紙の作品】
いわさきちひろ「ピンクのセーターを着た少女」1970年

少女はなにを見つめているのでしょうか。いきいきとした瞳、わずかにあがった口角、組んだ腕と手の表情から、豊かな感受性を持ち、好奇心に満ちたひとりの存在として、少女の姿が浮かびあがってきます。
「子どもを描いていると、自分の小さいときのことを自分で描いているという感じがします。」と語ったいわさきちひろ。
ちひろが生涯、描き続けた子どもの姿には、ひとり息子を慈しみながら育てた母親としてのあたたかなまなざしとともに、ちひろ自身のなかにある幼い頃の記憶がみずみずしく映し出されているようです。

No.190 2015.7.21
【表紙の作品】
いわさきちひろ「しゃぼん玉をふく少女」1989年

夏の強い陽ざしを受けて、舞い上がるしゃぼん玉。虹色のしゃぼん玉を見つめる少女の姿に、ちひろは、子どものころの自分を重ね合わせているのかもしれません。幼いころ一番好きだった洋服の思い出をこう語っています。「白いボイルの地に白いレースがついていた。ベルトは繻子(しゅす)織(お)りのももいろのリボンで、うしろでむすぶようになっていた。・・・この洋服は・・・私をどんなにしあわせにしてくれたことか」
やがて戦争が始まり、周囲から色彩が失われていった娘時代、ちひろの胸中では、平和だった少女時代の思い出が、かがやきを増し、終生消えることのない美しい夢となったのではないでしょうか。

No.189 2015.4.27
【表紙の作品】
いわさきちひろ「笛を吹く少年と本を読む少女」1960年代前半

花が大好きだったちひろは、庭にもたくさんの草花を育て、日々の手入れにも余念がありませんでした。アトリエの本棚には、『植物の図鑑』『野の花・山の花』といった花に関する本のほか、「花と緑のある日々」を特集した雑誌なども残されています。
身近な花は、子どもの姿と自在に組み合わされて、絵のなかにも登場しています。画面を彩るチューリップ、スイートピー、フリージアはどれも、ちひろが好んで描いた春の花です。画面横から花が伸びてくる独特の構図は、1962年頃から顕著に用いられるようになりました。春のやわらかな陽だまりのなかで本を読む少女は、ちひろの姿と重なるようです。

No.188 2015.2.13
【表紙の作品】
いわさきちひろ 後ろ姿のおさげ髪の少女 1970年
ちひろの数多くの後ろ姿の子どもを描いています。後ろ姿は顔の表情が見えないだけに、見る人の想像力をかき立てます。この女の子は『窓ぎわのトットちゃん』の裏表紙に使われた絵で、黒柳徹子が大好きな一点だといいます。黒柳は、小さいころの気持ちを重ね、この絵を次のように読み解いています。
「たとえ後ろ向きでも、この左右違った色のリボンで、おさげをしばっている女の子が、何か面白そうなことを見つけて目を輝かせているのが、わかるような気がします。次の瞬間、飛び出していこうとしているって。小さな肩が今にも息で動きそうに見えます」。
No.187 2014.10.23
【表紙の作品】
いわさきちひろ 「あやとりをする少女」 1971年
緑の濃かった夏が過ぎると、次第に黄色や赤の色味が自然のなかにあらわれてきます。愛らしい実のついたこの植物は、ウワミズザクラでしょうか。秋に色づく木の実や木の葉は、ちひろの絵に繰り返し描かれ、春の花にも負けないほどの彩りを見せています。その植物の向こうで少女がひとり、あやとりをしています。一心に手元を見つめる少女の姿を見ていると、子どものころ夢中になって、「はしご」や「山」、連続技を練習したあの懐かしい時間がよみがえってきます。ひも一本あればいつでもどこでも遊ぶことのできるあやとりは、シンプルだけれど奥の深い遊びでした。
No.186 2014.7.23
【表紙の作品】
いわさきちひろ  「黄色い傘の少女」1969年

黄色い大きな雨傘がぱっと目をひく作品です。地面に女の子の姿が映っているのを見ると、さっきまでは本降りの雨だったのかもしれません。やっと小降りになってきたので、お気に入りの傘をさしてみたくて外に出てきたところでしょうか。後ろ姿で、しかも傘にかくれてしまって、女の子の表情は見えませんが、そのぶん想像力が掻き立てられます。
ちひろは雨の日の子どもたちを数多く描いています。晴れた日とはまったく異なる雨の日のうるんだ景色を描くのに、水に溶ける水彩絵の具は恰好の画材でした。傘をさしたときの子どもたちの少しぎこちない動きのかわいらしさにも、絵心を誘われたのでしょう。

No.185 2014.4.21
【表紙の作品】
いわさきちひろ 「赤い帽子の男の子」1971年

カレンダーの7・8月用に描かれた作品で、赤いつば広帽子をかぶった男の子の姿が、正面を向いて描かれています。Tシャツの胸のあるヨットとあいまって、背景に広がる水彩の淡く青い色調からは、夏の海を連想することもできるでしょう。
黒眼だけを強調して描いたつぶらな瞳、手のくびれや指先の表現など、この絵にはちひろの描く子どものかわいらしさの特徴がよく表れています。とくに指先の表情が印象的で、水彩のにじみだけで、からめた指の複雑な形を表現しています。「私は触って育てた」と語るちひろは、子育てのなかで、子どもが見せる愛らしい仕草をつぶさに観察していました。

No.184 2014.2.21
【表紙の作品】
【表紙の作品】 いわさきちひろ「あかちゃんのくるひ」 1969年

 いわさきちひろは、絵本『あかちゃんのくるひ』で、生まれたばかりの弟が、お母さんといっしょに家に帰ってくる日の心の動きをみずみずしくとらえています。少女は、まだ見ぬ弟を想像して、あかちゃんになにをあげたらよいか、大きくなったら、なにをしていっしょに遊ぼうかと想いをめぐらせます。そして、あかちゃんが来る前に、あかちゃんのために用意されていた帽子を、こっそりかぶってみます。帽子についたリボンを口にくわえた少女は、新しい家族を迎える期待や、お姉さんになる誇らしい気持ち、そして少し不安な気持ちも入り混じって、小さな胸を高鳴らせているように見えます。

No.183 2013.10.10
【表紙の作品】
いわさきちひろ「カナリヤと青い帽子の子ども」 1971年

黄色いカナリヤが小さな包みをくわえて子どもを訪ねてきたのでしょうか。包みの中身はなんでしょう?木の実かな、花の種かな?青いしゃれた帽子をかぶった子どもに対して、小鳥も赤いベレー帽をかぶっています。さまざまな空想のふくらむ作品です。1971年、ちひろは小鳥のいる絵を多く描きました。この年ちひろは絵本『ことりのくるひ』を制作しており、子どもと小鳥の交流をもっと描いてみたいという思いがあったのでしょう。ちひろのアトリエのベランダにも、ポッコという真っ白なハトが住んでいて、ちひろが呼ぶとクークーとのどをならしてこたえていたといいます。

No.182 2013.8.7
【表紙の作品】
いわさきちひろ 「少年」1973年

あの子は/風のように/かけていったきり。

 

絵本『戦火のなかの子どもたち』のために描かれた作品で、駆け抜けていく少年の俊敏な動きと、鋭いまなざしに意志の強さを感じさせます。『戦火のなかの子どもたち』の制作では、まず絵を先に描き、絵を床に並べて順番を入れ替えたり、ダミーで構成を確認したりしながら、後から詩のような短い言葉をつける手法がとられました。鉛筆と薄墨によるモノトーンを基調にした一連の作品群のなかにあって、少年の背景に紫の色彩が施されているのは、当初この絵が、表紙候補だったためです。

No.181 2013.5.10

 この作品は、出典がまだ判明していませんが、その画風から1970年頃に描かれたものと推定されています。淡いピンクの服を着た少女のまわりには、小さな家々、海の波間に浮かぶ船、赤いバラやスイートピー、小鳥やオウムなどが、画面に散らすようにカラフルな色彩で描かれています。どこか遠い異国に思いをはせるような詩情が漂い、少女の心に浮かんだ、憧れや夢の世界を表現しているようです。かわいいものを愛さずにはいられない、少女のようなみずみずしい感性は、大人になってからも失われることなく、その絵のなかに息づいています。

No.180 2013.3.1
【表紙の作品】
「バラと少女」 1966年

 ちひろの花の絵に数多く登場するのがバラです。少女と比較すると、巨大ともいえるバラが横からも上からも伸びてきていて、葉や棘はほとんど描かれていません。写実的手法にとらわれない大胆で装飾性に富んだ画面ですが、絵に不自然さを感じないのは、バラのビロードのようにやわらかな質感が見事に表現されているからでしょう。少女の澄ました雰囲気やドレスと、バラの花のイメージが重なります。ちひろの庭には、真紅と白のツルバラがからむバラ棚があり、傍らにはピンクとクリーム色の大輪のバラが咲いていました。花を手入れし、その微妙な色合いや感触を知り尽くしたちひろならではの1点です。

No.179 2012.11.14
【表紙の作品】
「柿の木と少女」 1970年

秋の深まりとともに色づく柿の実は、高く澄んだ青空に美しく映えます。かつてちひろがくらした家の庭先でも柿の木が秋をいろどりました。ちひろは柿の枝の造形に心を惹かれたのでしょう。すばやい筆致で複雑な枝ぶりをとらえています。枝いっぱいになった柿の実は水彩のにじみを使って鮮やかな朱色で、画面のアクセントとなる葉は深い緑で描かれています。この絵では、柿の描写に焦点をあて、少女は余白に溶け込むように描かれています。余白に重ねて、少女の心いっぱいに広がる秋の情景を想像することができます。

No.178 2012.8.29
【表紙の作品】
「落書きをする子ども」1970年
主人公の少女と、隣に越してきた少年が友だちになるまでの心の機微を描いた至光社の絵本『となりにきたこ』の最後の場面。ようやく仲良しになれたふたりの関係を、表情のみえない後ろ姿によって語らせています。夢中になって壁に落書きをする様子が、少年の伸び上がるような仕草によく表れています。ちひろはこの時期、器用にまとまってしまう画風を刷新しようと、細かな描写に不向きなパステルで制作に臨みます。細部へのこだわりを捨て、線描によって子どもの動きを伸びやかにとらえることに成功しています。オリーブグリーンの輪郭線は、70年に集中して描かれたパステル作品の特徴のひとつです。
No.177 2012.5.11
【表紙の作品】
いわさきちひろ「ひとりでできるよ」(福音館書店)より 1956年

歯を磨いて、顔を洗って、タオルでふいて……。男の子の三つの動きが、ひとつの画面に描かれています。自分の身の回りのことができるようになった幼い子どもの生活をテーマにした絵本『ひとりでできるよ』の一場面です。この絵本は、1956年に創刊された月刊絵本「こどものとも」(福音館書店)の12号として、1957年3月に出版され、ちひろの最初の絵本となりました。主人公の男の子に、当時幼稚園に通っていた息子の姿を重ねながら、愛らしい仕草の一つひとつを丁寧に描き出しています。母親の視点から描かれた絵は評判を呼び、同じ年に2作目の絵本『みんなでしようよ』も出版されました。

No.176 2012.3.1
【表紙の作品】
いわさきちひろ 「乳母車をおす女の子」 1969年

女の子と乳母車、あかちゃんとくまのぬいぐるみを、ほぼ真上からのアングルで描いており、映画の一シーンを思わせる、不思議な絵です。絵本『あかちゃんのくるひ』の最終場面のこの絵には、それまで別々に登場してきた主人公の少女、彼女の大事にしてきたくま、そして、新たにやってきた弟のあかちゃんが皆一緒に描かれ、お姉さんとなった少女のやさしさや喜びが静かに表現されています。まるで光のなかを歩んでいるようにも見える、まっ白な背景のなかの2人(と1匹)は、これから紡がれるであろう新たな物語の流れに向かい、進んでいくのでしょうか。

No.175 2011.10.26
【表紙の作品】
いわさきちひろ「スキーをする少年」1969年
女学校のころよりスキーに親しんでいたちひろは、スキーをする子どもたちの姿をいくつもの作品に残しました。この絵はカレンダーのために描かれたもので、雪の斜面をスキーで滑走する少年の姿が躍動的にとらえられています。白い雪原を描くのに、水彩のにじみを生かす「たらしこみ」の技法を用いて、白や青、グレーや薄紫といった色を複雑ににじませ、雪の質感や冷たさを表現しています。筆を振って白い絵の具を飛び散らせるようにして描いた雪煙が、画面にいっそうのスピード感を与えています。雪の寒色系の色調と、少年の帽子と服の鮮やかな赤と黒とが、美しい色の対比をみせる作品です。
No.174 2011.7.15
【表紙の作品】
いわさきちひろ チューリップとあかちゃん 1971年
あかちゃんの手足のくびれや、ふっくらとしたやわらかな肌の質感が、水彩の微妙なにじみと濃淡で描かれています。技法には、線を描かず色のにじみで形を表す「没骨法(もっこつほう)」が使われており、手や足、口もとにそえられた指先は、絵の具のたまりを利用して、しっかりとした輪郭を形づくっています。一方、やわらかな腹部やお尻は、水分を絞った筆で絵の具を吸い取ったり淡くぼかしたりして、まわりの空気と溶け込むように描いています。頬、膝や肘にほどこされた赤味は、透き通るような肌を通して、みずみずしい生命を感じさせます。未来に生きるあかちゃんの姿を、花のつぼみと重ね合わせています。
No.173 2011.05.13
【表紙の作品】
いわさきちひろ 花のなかから生まれたおやゆび姫 1966年
アンデルセンの童話を絵本にした『おやゆび姫』(ひかりのくに昭和出版1966年/改訂版 講談社1984年より)の一場面です。花のなかから生まれた小さなお姫さまは、花が大好きだったちひろに、豊かなイメージを与えたのでしょう。1953年から童話集や絵本、カレンダーなどに、少なくとも7回はこの童話を題材に描かれています。「いろいろなおひめさま、また魔女たちに、わたしは、それぞれのイメージをつくり、それをすこしずつ発展させながら、なんかいかいたことだろう。なんかいかいても、なお工夫するたのしさを、わたしはいまだに失わないでいる。」と、ちひろは語っていました。
No.172 2011.3.1
【表紙の作品】
いわさきちひろ こげ茶色の帽子の少女 1970年代前半
やさしい色のリボンがついたこげ茶色の帽子、襟つきのオーバーコート、ストラップシューズ。よそゆきのおしゃれをしたこの少女は、どこにいるのでしょうか。ドキドキする気持ちを抑えるように、ワインレッドの手袋をはめた手はひざの上でしっかりと組まれています。一文字にむすばれた口元にわずかに笑みをたたえ、まっすぐに前を見つめる瞳は好奇心で輝き、頬は紅潮しています。黒柳徹子は「窓ぎわのトットちゃん」第1回連載時、新しい学校、トモエ学園に向かった幼い日の自分に重ねて、この少女像を選びました。現在この少女は、単行本の表紙にも使われ、“トットちゃん”として親しまれています。
No.171 2010.11.17
【表紙の作品】
いわさきちひろ 「プレゼント」 1969年
3本のろうそくを前に、プレゼントを手にした少女が静かにたたずんでいます。色のにじみを背景に人物を白く抜いて浮かび上がらせる手法は、1968年以降のちひろの作品によくみられる特徴のひとつです。背景には黒、紫や赤などの色調が画面全体をおおい、ところどころにピンク、水色、オレンジ、黄色といた明るい色が複雑ににじんでいます。ろうそくの灯りだけがともる暗い室内で、色とりどりに明滅するイルミネーションを思わせます。少女、ろうそく、右上にかすかに描かれた椅子など、白抜きの溶け込むような輪郭とあいまって、幻想的な印象をあたえています。
No.170 2010.9.15
【表紙の作品】
いわさきちひろ「木の葉のなかの少女」1966年
絵雑誌「こどものせかい」11月号表紙絵として描かれた作品です。「十一月になるとある日突然、目がさめるように庭が明るくなる。銀杏の葉が真黄いろに なっていっせいに庭に散り敷くからである。それは雪の日の朝の感動に似た、秋の日のひとときの思いがけないよろこびである。」と、ちひろはある文章のなか に書いたことがありました。この絵では銀杏のほかに、紅葉や野葡萄、樫などのバリエーションに富んだ木の葉が、少女の周囲を埋め尽くすように構成されてい ます。色や形の違う木の葉一枚一枚を手にとってながめ、その葉に想いを寄せたちひろの姿が見えてくるような気がします。
No.169 2010.7.14
【表紙の作品】
いわさきちひろ 「ピンクのワンピースを着た少女」1970年
勢いのあるパステルの筆致によって、最小限の線だけで、すばやく少女の姿をとらえています。この時期に描いたパステル作品に、やはり正面を向いた少年を描 いたものがありますが、顔の輪郭、目と鼻と口の位置、目の大きさや口の線の微妙な曲がり具合までもが、この少女の絵とぴったりと重なりあいます。細かい描 写をそぎ落とし、簡略化していくうちに、理想とする子どもの顔のバランスができあがったのでしょう。迷いのない、のびやかな線からは、自分の頭のなかにあ る確固としたイメージを、ほとんど狂いなく伝えることができた、画家の確かな手が感じられます。
No.168 2010.5.12
【表紙の作品】
いわさきちひろ 「黄色い傘の子どもたち」1971年
ちひろの絵では、地面を意識させることはほとんどありませんが、雨の日は例外です。ぬれた道路や水たまりは水鏡となって、子どもたちの長靴や傘などまわり の色を淡く映し出しています。「水彩って、ものすごく質のいいものなのよ。水に溶けるものなのよ」と語り、透明水彩を愛用していたちひろにとって、雨の日 の水に潤んだ情景は、水彩の特性を生かせる格好のテーマだったにちがいありません。黄色い傘を、角度や大きさを変えてリズミカルに配置し、雨の日ならでは の遊びに興じる子どもたちの姿を生き生きととらえています。傘をまわし、水しぶきをあげる歓声までが聞こえてきそうです。
No.167 2010.3.1
【表紙の作品】
いわさきちひろ 「草むらの小鳥と少女」1971年
春のやわらかな緑のなかで、少女は息をひそめて鳥に近づき、心を伝えるように、手折った花をそっとさしだしています。少女がもう一歩、近づいたなら、小鳥 は驚いてサッと飛び立ってしまうかもしれません。そんな一瞬の光景をとらえたこの絵からは、少女と小鳥の間に吹き抜けるやさしい春のそよ風までも感じられ ます。画面左側に鉛筆で大きく描かれたナズナは、異なる画面を重ね合わせる映像の手法のように、私たちを春の野山へといざなう役目を果たしています。そし て、その後方に描かれた小鳥のくちばしと、少女が手に持ち、髪に飾った花の黄色が画面に軽やかなリズムを生み出しています。
No.166 2010.11.18
【表紙の作品】
いわさきちひろ 「雪の幻想」1971年
1966年にちひろは黒姫高原に山荘を建て、その山荘のことを春夏秋は「野花(やか)亭」、冬は「雪雫(せっか)亭」と呼んでいました。ちひろは黒姫での 時間を愛し、野山の散策に出かけては、野うさぎやリス、山鳥などを見かけることもあったといいます。この絵には、かすれを生かした大胆な黒を背景に、山小 屋風の建物、うさぎやリスといった山の動物が描かれていて、雪にうもれた冬の黒姫とイメージが重なるようです。無造作に描いた動物たちが、幼い子の空想の 世界にふさわしい雰囲気を作り出していて、自由に生き生きと動き回っているように見えます。
No.165 2009.9.9
【表紙の作品】
いわさきちひろ 「お母さんと湯あがりのあかちゃん」1971年
「母親像を描くときも、やさしくない母親は描けないんです。母性そのものみたいな感じで、子どもの横につけるときにはそれをつけないわけにはいかない。」 とちひろは語っています。ちひろの絵には多くの母子像があるように感じられますが、実際に母親の姿を描いた作品は数えるほどしかありません。その姿もとき に後ろ姿やシルエット、手だけだったりするものが多いのですが、あかちゃんや子どもだけが描かれた作品にも、その子を見守る母親の存在が感じられます。慈 愛に包まれたあかちゃんの絵からは、最も弱いもの、無垢なものを守らなければならないという、ちひろの思いが伝わってきます。
No.164 2009.7.10
【表紙の作品】
いわさきちひろ 「紫色の馬と少女」1971年
ふっくらとした頬の横顔にあどけなさが残るこの少女は、何を想っているのでしょうか。一瞬の風が運んできた緑の香りに、草原を駆けめぐる馬を空想している のかもしれません。長野県松本市にあったちひろの父の郷里では、一頭の馬を飼っていました。この絵には、ちひろが幼い頃にふれあった馬との思い出が重ね合 わされているのでしょう。 ちひろが愛した画家、マリー・ローランサンも絵のなかに乙女たちとともに度々、馬を描きました。とりわけ、牝の仔馬の健気な姿を好んでいたといいます。
No.163 2010.5.13
【表紙の作品】
いわさきちひろ 「木の葉のなかの少女」1966年
勢いのあるパステルの筆致によって、最小限の線だけで、すばやく少女の姿をとらえています。この時期に描いたパステル作品に、やはり正面を向いた少年を描 いたものがありますが、顔の輪郭、目と鼻と口の位置、目の大きさや口の線の微妙な曲がり具合までもが、この少女の絵とぴったりと重なりあいます。細かい描 写をそぎ落とし、簡略化していくうちに、理想とする子どもの顔のバランスができあがったのでしょう。迷いのない、のびやかな線からは、自分の頭のなかにあ る確固としたイメージを、ほとんど狂いなく伝えることができた、画家の確かな手が感じられます。
No.162 2009.3.1
【表紙の作品】
いわさきちひろ 「ガーベラを持つ少女」1970年頃
この絵のなかでは、少女の横顔とガーベラに焦点が当てられています。その他の部分は、細かな描写を省略して、わずかな鉛筆線だけで輪郭を示し、淡い色調 で、紙の地の白い部分を活かして描かれています。ガーベラの鮮やかな赤と少女の瞳が重なり合い、少女の胸の内にある清新な想いが伝わってきます。そして、 少し大人びた横顔の表情は、彼女が幼い時期を脱して、さまざまなことを細やかに感受する心を育んでいることを示しています。 自作の詩のなかで「子どもははじめて知るこの世のふしぎにいつもそのまぁるいひとみを輝かす」と記したちひろ。子どもたちのやわらかな心を花に託して描い ています。
No.161 2008.12.3
【表紙の作品】
「中臣宅守(なかとみのやかもり)」1970年 『万葉のうた』より
女学校を出たころに斉藤茂吉の『万葉秀歌』を愛読し、また藤原行成流の和歌の散らし書きで親しんだ万葉集は、ちひろにとって青春の文学でした。ひざを抱え て座るのは、身分ちがいの恋のために越前の国に流された中臣宅守です。「塵泥の数にもあらぬわれ故に思ひわぶらむ妹が悲しさ」(ちりや泥のようにつまらな い自分のために、つらい思いをしているだろう彼女のことを思うと悲しい)。流刑地にありながら恋人の身を案じる宅守の謙虚で温厚な人柄を、ちひろは端正な 横顔で表現しています。人物をおおうように背景に広がる墨の濃淡が、悲恋の哀愁にくれる宅守の心情を暗示しているようです。
No.160 2008.9.26
【表紙の作品】
「風船とまい上がるパスカル」1968年 『あかいふうせん』より
風船のひもをしっかりにぎり、やわらかな髪を風になびかせて、少年は空高く上っていきます。頬を染め、口元に微笑を浮かべた彼の表情から、何事からも自由 でいることへの誇らしさが感じられます。この絵は、絵本『あかいふうせん』の最後の場面です。少年と風船の心の交流を描いたこの絵本は、同名のフランス映 画をもとに作られました。映画と同様に、少年がグレーの服を着ていることで、風船の鮮やかな色彩が際立って見えます。しかし、映画とは異なり、ちひろはこ の少年に黄色い靴下を履かせています。その色は、画面右上と中央にある黄色い風船と照応し、画面に軽やかなリズムを生み出しています。
No.159 2008.7.11
【表紙の作品】
いわさきちひろ 「赤い胸あてスボンの少女」1971年
紫色の大きなつば広帽子に、白の半そでシャツ、サロペットの赤い半ズボン――スカート姿の女の子の多いちひろの絵のなかでは、とびきりボーイッシュなスタ イルの女の子です。この子は、どこにいるのでしょう?海?山?それとも近所の公園?今まさに、友だちといっしょにプールにでかけていくところかもしれませ ん。ちひろの後期の作品には、色数を抑え、紙の白地をいかした作品が多く見られます。この絵も使用している絵の具は五色程ですが、水分を加減して微妙な濃 淡を出し、色に変化をつけています。背景の余白が、見る人の自由な想像を呼び覚まします。
No.158 2008.5.9
【表紙の作品】
いわさきちひろ 「緑の風のなかで」1973年
雑誌「子どものしあわせ」1973年5月号の表紙を飾った作品です。五月といえば新緑の美しい季節、「若葉風」「青葉風」「青嵐」など、若葉を吹き渡る風 を表した季語が多くあります。新緑の爽やかな光と風を、水彩の淡い緑で鮮やかに表現したこの作品には、「風薫る」という季語がよく合います。少女の髪をな びかせ、風は少女の前方から吹いてきています。後ろ姿で描かれているため、人は少女に自分を重ねてみることができます。絵の前に立つとき、新緑の色や香り をも含んだ風が吹き寄せてくるような印象を受けるのもそのためです。黄色い花がワンポイントになって、緑の鮮やかさを引き立ています。
No.157 2008.2.25
【表紙の作品】
「カーテンにかくれる少女」1968年 『あめのひのおるすばん』(至光社)より
「びりりん びりりん かくれても だめ きこえちゃう」 雨の日、ひとりで留守番をする女の子の気持ちを描いた絵本『あめのひのおるすばん』の一場面です。しんと静まり返った部屋のなかで、突然電話の音が鳴り響 きます。部屋の内部の描写は省かれていますが、カーテンに隠れた女の子と、コードのよじれた黒電話、飛びすさる猫の微妙な位置関係や、背景ににじんで広が るグレーの色面が、空間に漂う不安と緊張を伝えてきます。カーテンの複雑な青の色は、絵の具を水で洗い落としては、また塗り重ねることを繰り返して出した といいます。
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