絵本『戦火のなかの子どもたち』

岩崎書店
岩崎 ちひろ 文・絵
1973年

 ベトナム戦争の末期、 1972年から1973年にかけて、ベトナム全土への爆撃が激しく行われているころに『戦火のなかの子どもたち』は描き始められました。「ベトナムの本を続けてやるのも、私はあせって、いましなければベトナムの人は、あの子どもたちはみんないなくなっちゃうんじゃないかと思って・・・。そうすると一日も早くこの絵を書き上げないと・・・。」と語ったちひろは、『母さんはおるす』の完成後、すぐにこの絵本にとりかかっています。

 日本にある米軍基地から、ベトナムの子どもの頭上に日々爆撃機が飛び立ってゆく現実に心を痛めたちひろは、ベトナムの子どもたちに思いをはせ、自らが体験した第二次世界大戦と重ね合わせながら、この絵本を描きました。

 絵本の最後にちひろはこう記しています。「戦場にいかなくても戦火のなかでこどもたちがどうしているのか、どうなってしまうのかよくわかるのです。こどもは、そのあどけないやくちびるやその心までが、世界じゅうみんなおんなじだからなんです。」

 この絵本の制作時、すでに体調を崩していたちひろは、絵本の完成から1年後の1974年8月8日、ベトナム戦争の終結を知ることなく他界します。『戦火のなかの子どもたち』は、ちひろが最後に完成させた絵本となりました。

赤いシクラメンの花は
きょねんもおととしも そのまえのとしも
冬のわたしのしごとばの紅一点
ひとつひとつ
いつとはなしにひらいては
しごとちゅうのわたしとひとみをかわす。
きょねんもおととしも そのまえのとしも
ベトナムの子どもの頭のうえに
ばくだんはかぎりなくふった。
赤いシクラメンの
そのすきとおった花びらのなかから
しんでいったその子たちの
ひとみがささやく。
 あたしたちの一生は
 ずーっと せんそうのなかだけだった。

『戦火のなかの子どもたち』本文より 文・いわさき ちひろ