わたしのちひろ

ちひろの絵と人生に思いを寄せる人々の言葉をご紹介します。

中村 澄子ちひろの従妹

三階のおねずみさん

昭和二十一年四月頃、長野県松本市から、いとこのちひろお姉さんが上京しました。絵の勉強をするためだそうです。あの恐ろしかった大空襲のあとで焼け残った神田の一隅に私の家があり、家から水道橋の駅のホームの鉄骨が無残な姿で見えました。
ちひろさんの家は、戦前は東京中野区にあり、それはモダンな家でした。祖母と両親の三姉妹の六人家族で、ちひろさんは長女でした。ちひろさんの幸せな生活も、戦災でこの家を失って松本市に疎開していらい、すっかり変わってしまったのです。
上京したちひろさんは絵の先生のところや知人のところへ挨拶をしてまわり歩いたようでした。まもなく人民新聞社に記者として就職しました。
暑い夏は、つばの広いベージュ色をした帽子を買ってきて、つばのふちに花模様を油絵でかきました。白・ピンク・黄・うすみどりなどでそれは華やかな帽子に変わりました。それにボウをつけてあごの下で結び、よく似合いました。服装は、白地にピンクの大きなチェック模様のパフスリーブで、大きく衿ぐりをあけてウエストにギャザーの入ったワンピース。バックスタイルは共布のベルトを大きくボウのように結んだものでした。

『いわさきちひろの青春』(すばる書房)1976年より