ちひろのスケッチ紀行

会 期 2016年5月14日(土)~7月11日(月)
場 所 展示室1
絵を描くことの次に旅が好きだと語ったちひろは、心の故郷・信州をはじめとする国内はもちろん、当時はまだ珍しかった旧ソビエト(ロシア)やヨーロッパ各地への海外旅行にも出かけています。本展では、国内外でのスケッチを展示し、ちひろの旅の足跡をたどるとともに、絵本制作への影響など、旅と絵との関わりにも注目します。

信州への旅

父母の郷里である信州は、ちひろが幼少期より夏休みを過ごし、戦後は両親が北安曇郡松川村に開拓農民として入植したゆかりの地です。
終戦間際には母親の実家の松本に疎開し、ちひろも敗戦後の模索期を過ごしました。終戦の翌年には画家を目指して東京に戻りますが、結婚後も毎年のように夫や息子とともに信州各地を訪れています。
上高地や白骨温泉、中房温泉から燕岳への山行き、年越しやスキーで逗留した小谷温泉、1966年にはちひろが愛した小林一茶の里に近い黒姫高原に山荘を建て、ここで数多くの作品を制作しました。季節の草花や山並みをスケッチに収め、『花の童話集』などの絵本に信州の豊かな自然の描写を生かしています。
神戸原より田園をのぞむ 1950年頃 白骨温泉・入浴する夫、善明 1950年

旧ソビエトへの旅

1963年6月、ちひろは世界婦人大会の日本代表団の一員として40日間にわたり旧ソビエト各地を旅する機会を得ます。
忙しい公式行事の合間にも200点ものスケッチを残し、古都レニングラードでは北欧風の街並みに、アンデルセン童話の世界を連想したといいます。異国情緒あふれる風景だけでなく、画面に人物をさりげなく描き込んでいるのも、ちひろの旅のスケッチの特徴のひとつで、迷いのない線で瞬時に人物の動きをとらえています。
モスクワで開催された世界婦人大会には113の国の代表が参加、平和への思いを熱く語る各国婦人の姿をちひろは深い共感をもって描き、手記に「婦人はどこの国でも子どもを愛し、平和を愛し、美しくその国の着物をきていました」と綴りました。
モスクワ 赤の広場 1963年 モスクワ 世界婦人大会 ノルウェーの婦人 1963年

ヨーロッパへの旅

1966年3月、ちひろは母・文江を伴って約1ヵ月におよぶ画家仲間たちとのヨーロッパ旅行に出かけます。
アンデルセンの『絵のない絵本』を描くための取材も兼ね、ロンドンやパリ、トレドなど各地を巡るほか、アンデルセンの生地・デンマークのオーデンセを訪ねることも旅の大きな目的でした。
「なにからなにまで見なければ描けないなんてことはないけれど、じかにこの目で見、ふれることのできる感動がどんなにわたくしを力強く仕事に立ち向かっていけるようにするか」と語ったように、後に描かれた『あかいふうせん』や『にんぎょひめ』など欧州を舞台にした絵本には、旅先で目にした建物や調度品、街角の風景が生かされ、画面にリアリティーを与えています。
トレド 石畳の道を歩く女性 1966年
煙突掃除の少年 『絵のない絵本』(童心社)より 1966年 パスカルのアパートと風船 『あかいふうせん』(偕成社)より 1968年
ほかにも函館や登別などの道南、千葉の房総、広島、京都から奈良への大和路、73年にはハワイにも渡航し、遺作『赤い蝋燭と人魚』の取材では病をおして新潟県郷津を訪れています。 日常から解放される旅は、美しい自然や異なる文化を肌で感じ、新鮮な驚きや感動を心に刻むときでもありました。旅で得た確かな実感が、豊かな創作活動を支えていました。線の表現の変遷もたどりながら、ちひろのスケッチ紀行をお楽しみください。
ユゼフ・ヴィルコン(ポーランド) 「ブルース・演奏する象」 1994年

展示品数 約90点

関連イベント

ちひろが愛した安曇野・まつかわ 北アルプスパノラマウォーク

ちひろが松川村の風景を描いたスケッチポイントや、村内に点在する遺跡などを巡るウォーキングイベントです。

ギャラリートーク

展示室で作品を見ながら、担当学芸員が展示のみどころなどをお話しします。

  • 日 程:5/14(土)・5/28(土)・6/11(土)・6/25(土)・7/9(土)
  • 時 間:14:00~14:30
  • 申 込:参加自由(事前申込不要)
  • 料 金:無料(入館料別)
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