子どものしあわせと平和 -ちひろ+黒柳徹子-

期 間 2012年7月13日(金)~9月18日(火)
場 所 展示室1
生涯を通じて“子ども”をテーマに描き続けた画家いわさきちひろ。当館館長であり、ユニセフ親善大使として、貧困や暴力、疾病、差別といった苦しみに直面する子どもたちを訪れ、その現状を世界に伝えてきた黒柳徹子。本展では、ともに、戦前から戦後にかけての激動の時代を生き、“子どものしあわせと平和”を願った二人に共通する思いを、ちひろの作品と、黒柳徹子の言葉で紹介します。

悲しい出会い

1974年、自分の誕生日である8月9日の出掛けに開いた新聞で、黒柳はちひろの訃報(享年55歳)を見つけました。当時のことを、黒柳は、「ただ、ただ涙があふれて、新聞の上にポタポタ落ちました。なにか、あかちゃんや子どもたちの味方がいなくなってしまったような気がして……。私はお目にかかったことがない方が亡くなって涙を流したというのは初めてのことでした」と語っています。
偶然にも、当日、坂東玉三郎氏へのプレゼントとして用意していたのはちひろの絵本『あかちゃんのくるひ』でした。その後、遺族にお悔やみの手紙を送ったことをきっかけに、黒柳とちひろの家族とのつき合いが始まりました。それは、後に、名作『窓ぎわのトットちゃん』を誕生させる出会いとなりました。
あかちゃんのくるひ 1969年

『窓ぎわのトットちゃん』の誕生

普通の小学校を1年生で退学になったトットちゃんを温かく迎えてくれた小林宗作校長先生とトモエ学園の思い出を書き残したいと思っていた黒柳は、かねてより、挿絵にはちひろの絵を、と願っていました。ちひろの死後、家族との交流のなかで、残された絵が7000点(1979年当時)近くあると知り、黒柳は『窓ぎわのトットちゃん』の執筆を決意します。 茶色の帽子を被り、少し緊張して微笑む少女は、初めて母親とトモエ学園へ向かう日の姿に。赤いランドセルを背負って歩く少女は、トモエ学園へ初登校する日の姿に。当時の自分の姿が生き生きと浮かび上がるちひろの絵の数々に、黒柳は「いったい、どうして、ちひろさんは、こんなにも、私の子どものときを見てらしたような絵を描いていらっしゃるんでしょう」と語っています。
こげ茶色の帽子の少女

平和への願い

現在、世界35カ国で翻訳出版されている『窓ぎわのトットちゃん』。最後は空襲でトモエ学園が焼け落ち、疎開列車に乗って東北へ向かう場面で終わります。
黒柳は子どものころに、ちひろは20代のときに第二次世界大戦を経験しました。
戦後、画家となったちひろが、生前最後に完成させた絵本は、反戦の思いを込めて、当時激化していたベトナム戦争のなかで生きる子どもたちの姿を描いた『戦火のなかの子どもたち』でした。ちひろが制作の最終段階で入れることを強く望んだ場面には、迫る戦火に険しい表情を見せる母親と、あどけない表情で母親に抱かれるあかちゃんが描かれています。黒柳は、「どうぞこういう可愛い子どもたちを戦争などで泣かさないで!傷つけないで!」という強い願いが込められていることも、ちひろの絵が好きな大きな理由のひとつだと語っています。
二人の思いが響きあう世界をご覧ください。

展示品数 約50点
焰のなかの母と子『戦火のなかの子どもたち』より 1973年

関連イベント

ギャラリートーク

  • 日 時:7/14(土)、7/28(土)、8/11(土)、8/25(土)、9/8(土)
  • 時 間:14:00~14:30
  • 申 込:参加自由
  • 料 金:無料(入館料のみ)
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