<企画展> 瀬川康男遺作展 -輝くいのち-

期間 2012年3月1日(木)~5月8日(火)
場所 展示室4
瀬川康男は、1960年代の日本の絵本の隆盛期に、日本一のベストセラー絵本『いないいないばあ』などの話題作を次々に発表し、絵本画家として注目を集めました。しかし絵本を描き始めたのは生活のためであったといい、どんなに絵本の仕事が忙しくなっても、タブローや版画の制作を続けました。 瀬川は古今東西の美術に精通していました。幼い頃は南画に興味を持ち、高校時代には近代西洋画に魅せられて独学で油彩画をはじめ、プロレタリア美術にも強い影響を受けています。ピカソ、シロイケス、コルヴィッツ、ジャコメッティなど気になる画家の表現を研究し、自分の手法へと次々に取り込んでいきました。20代後半にはさまざまな画材で、鳥や魚、東北の剣舞などの限られたモチーフを繰り返し激しいタッチで描いています。タブローの表現を模索し続けるかたわら、絵本では27歳のときに描いた最初の絵本から、文章に合わせて自在に手法を変え、読者を驚かせました。
桃色のふくろう 2005年桃色のふくろう 2005年
絵本を手がけるようになった瀬川は、印刷原稿としてダイナベースの描き分け版などを用いたことをきっかけに、版への興味を高めていきます。1970年頃からは古版本に魅せられ、江戸初期の丹緑本を現代の印刷で再現しようと『ことばあそびうた』など多くの絵本で実験を繰り返しました。一方で、1968年に欧米を旅したときにスイスの版画工房に通い詰めて修得したリトグラフ(石版画)の細密画の手法は、『さいのかわら地蔵和讃』などに生かされました。「すべてのことに惹かれ、貪欲に貪り食う。……好きこそものの上手なれの『好き』とは、そういうこと」と瀬川は語っています。
自画像(27歳)1946年
瀬川が、とりわけ深く魅せられたのは、自然が創造したものの美しさでした。1977年、体調を崩して信州に居を移した瀬川は、しばらく絵本の仕事から離れ、ひたすら植物や虫のデッサンを行います。ルーペを使って構造の細部まで観察し、図鑑を調べ、細密な描写を繰り返しました。その後描かれたタブローには、観音や河童、蛙、ふくろうなどのモチーフの形や周囲の空間にさまざまな点や線、植物の蔓のような模様が果てしなく重なっています。自然の美を仔細に見つめた瀬川がたどり着いたのは、空間を埋め尽くす文様による「いのち」そのものの表現でした。
自画像(27歳)1946年
1980年代以後、画家自身がことばも手がけた絵本もゆっくりとしたペースで発表されました。『ふたり』『ぼうし』『だれかがよんだ』『かっぱかぞえうた』『ちょっときて』『ひな』……タブローにもみられる愛犬や河童たちが、絵本のなかではあたたかなことばのリズムに乗って動いています。
瀬川は次のように語っています。「この地球上のものはすべて、ひとつの同じ所から発生している。ひとも虫も、草木もけものも、無機質なものも一切合切……何も違いなどないのだ。別なもの、は何もない(2002年)」。2010年2月、瀬川康男は惜しまれつつ77歳の生涯を閉じました。生を営むあらゆるもののいのちの根源まで描きぬこうとした画家の、果てしなく大きな世界をご覧ください。 (上島史子)
自画像(27歳)1946年自画像(27歳)1946年

瀬川 康男(1932~2010)

1932年愛知県岡崎市生まれ。13歳より日本画を学び、17歳で油絵を始める。1960年、初めての絵本『きつねのよめいり』を出版。1967年『ふしぎなたけのこ』で第1回BIBグランプリ、1968年『やまんばのにしき』で小学館絵画賞、1987年『ぼうし』で絵本にっぽん大賞、講談社出版文化賞絵本賞、1988年国際アンデルセン賞画家賞次席、1989年『清盛』でBIB金のりんご賞、1992年『絵巻平家物語(全9巻)』で産経児童出版文化賞大賞など、国内外の受賞多数。1977年より信州に住み、絵本と並行してタブローの制作も続けた。

*2011年のちひろ美術館・東京で行った展覧会とは展示内容が変わります。

関連イベント

ギャラリートーク

  • 日 程:3/10(土)、3/24(土)、4/14(土)、4/28(土)
  • 時 間:14:30~15:00
  • ※参加自由(事前申し込み不要)・無料(入館料別)

主な展示作品

出展作品数 約140点
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