〈企画展〉茂田井武の世界旅行

期間 2011年5月13日(金)~7月12日(火)
場所 展示室4
協力 財団法人大川美術館、後藤暦、安和子(順不同、敬称略)
戦中から戦後の混乱期にかけて、子どもの本の世界で活躍した茂田井武。2009年、その遺作約770点が当館に寄贈されました。本展では、友人からボヘミアンと呼ばれた画家の“旅”を紹介します。
アクロバット 1932-33年頃

欧州への旅(1930~33年)

1930年、21歳の茂田井は、写生旅行と称して所持金八十円と手提鞄一つを持ち、博多から日本を離れます。京城、ハルビンを経由してシベリア鉄道に乗り、似顔絵描きで旅費を得ながら放浪の末、行き着いた先はフランス・パリでした。
世界中から多くの芸術家が集い“狂乱の時代”と呼ばれた1920年代の高揚から一転、大恐慌の渦中にあったパリは芸術の都としての華やぎを失い、街には失業者があふれていました。何とか日本人クラブでの職を得た茂田井は、日中給仕として働きながら市井の人と哀歓を共にし、夜になると脳裏に焼き付いた情景を絵日記のように画帳に描きとめていきました。
『ton paris』(1930-33年)は現存する最も古い画帳です。長期滞在中描かれた『続・白い十字架』(1931-35年)はスイスが持つ清らかな空気を伝えます。『Parisの破片』(1930年頃-35年頃)は、苦い恋愛の想い出ともに1933年にパリを去った心情も浮かび上がらせます。後の東京大空襲で多くの絵を焼失しますが、これらの稀少な3冊の画帳は『古い旅の絵本』等とともに難を逃れ、若き日の画家が異国で得たみずみずしい感動を今に伝えます。
ほとんど独学で絵を学んだ茂田井が売るつもりもなく描いた作品たちは、画家の心に映った情景そのものを鮮やかに蘇らせ、独自の輝きを放っています。
画帳『ton paris』より 1930-33年(大川美術館蔵) 画帳『続・白い十字架』より 1931-35年(個人蔵) 『古い旅の絵本』より 1943-44年頃

遠い日の中国(1940~41年/44~46年)

帰国後は、職を転々とした後、1935年27歳で挿絵画家としてデビュー。独特の画風で人気を博します。しかし、戦局の悪化が進むなか、自由に絵を描く仕事は徐々に許されなくなりました。1940年と1944年の二度中国へ赴き、軍報道部の任務や兵役に従事します。
「これを見た誰かはこの絵から過去の何時か何処かで逢い見た光景を感じて呉れないとも限らない」*1。知人に託した『無精画帳』や幾つかの絵にひっそりと描き残した中国は、戦地としての生々しい姿を留めていません。かつて旅の途中で出会ったやさしく佇むハルビンの情景や平穏な人々の暮らしが、あたたかくどこか哀しく映し出されています。
『古い旅の絵本』より 1943-44年頃

流浪の画家

茂田井には、戦争以前に過去の一切を失った経験があります。1908年日本橋の大きな旅館に生まれ何不自由なく育ちますが、14歳の時の関東大震災で状況が一変。家も旅館も全焼し、翌年には実母が震災のショックも重なり亡くなります。突然に終わった「幸福で安穏」*2だった幼少年期の印象は繰り返し描かれて鮮明さを増し、自分の内側に息づく記憶は画家の大切な源泉となりました。
終戦の翌年、37歳で焼け野原の東京に復員。せきを切ったように多くの子どものための絵を描きます。青春時代の旅の記憶も有形無形に童画に夢を与え、生涯失われることはありませんでした。絵のなかで永遠の生命を宿した茂田井の旅をご覧ください。
『古い旅の絵本』より 1943-44年頃

*1 「印象のレンズ」より(1952年)
*2 「雑文集」より(1952年)
     

展示品数:約70点

同時開催

大川美術館にて、「トン・パリ」が展示されます。

※同じ『ton paris』から、当館企画展とは異なる場面が展示されます。

会期 : 4/5(火)~6/26(日)(※会期変更の可能性もあり)
会場 : 大川美術館 作家特集展示室
展示品数  : 約20点(予定)
お問い合わせは、財団法人大川美術館へ。

関連イベント

お得なチケット情報

実施期間 :4/23(土)~7/12(火)

茂田井武の幻灯会とミニトーク(要申し込み)

日時    :6/4(土)15:00~16:30

ギャラリートーク

日程 : 5/14(土)、5/28(土)、6/11(土)、6/25(土)、7/9(土)
時間 : 14:30~
申込 :参加自由
料金 :無料(入館料のみ)
前のページへ